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日大闘争から半世紀

5月26日付、東京新聞より。





 大学は50年前と同じ、腐敗にまみれた状態に戻りました。逆に言えば、これまでの「真理を追究する大学」のイメージは、学生たちが腐敗する大学を追及し、「おかしいことにおかしい」と団結して声を上げることによってつくられたということです。
 広島大学も日大当局と同じく腐敗しています。「キャンパスで飛び降り自殺があっても隠蔽」「有名教授による学生暴行事件が明るみになっても全力で責任回避」、こうしたことを追及しても「関係ない」という回答であり、大学当局には一切展望はありません。学生の死にさえまともに向き合えないくせに、「学生を守る」などと連呼している大学職員がいる限り、学生が実際に守られることなどないでしょう。責任を回避したいがために使われている言葉が「学生を守る」となっているだけですから。
 大学当局の無責任なあり方と対決し、学生・教職員の団結を取り戻す中にのみ展望はあります。
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